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Style
自分が求めるスタイルは自分しか知らない。だから勝手に楽しもう!

スタイルとはカタチのことだ。それは、理にかなった滑りとカッコよくありたいという美意識が表れたモノ。たとえばレイバックの場合、オレにとっての完成形は同じバンクをカービングした場合とスピードが変わらない、つまり減速しないということと、進行方向に対して垂直以上にテールを突き出す、という捻れをともなうカタチが融合したモノで、どちらが欠けても決して満足はできない。すべてのアクションにおいて重力の法則を身体で知ることと、美しい動作を意識し続けることこそがスタイルへの近道なのだ。

スタイルとはラインのことだ。トップトゥボトム、斜面に散らばるたくさんのヒットを取捨選択し、それぞれをどうこなし一本のラインで繋げるか? たとえば駅からの帰り道、最短距離を急ぐのか、遠回りして女子大の正門を通るのか、ヤンキーがたむろするゲームセンターで度胸試しするのかを選ぶようなものだ。人によって選ぶヒットも違えば、そこでどんなアクションをするのかも様々だ。なにをすれば自分が気持ち良くなれるのかを知り、それを高いレベルで実践しようとすることこそがスタイルへの近道なのだ。

スタイルとは取り組み方のことだ。長いスノーボード人生の間にこのアソビとの関係は様々に変化する。何も考えずに滑り倒していた無職の熱中時代から、就職、結婚、子供、家族、病気、ケガ、マンネリ、金・・・・。スノーボーディングから遠ざかる要素は年々増え続ける。これらを乗り越え滑り続けるには情熱を持ち続ける以外にはない。初めて滑った日は“コケないこと”ただその一点に集中し夢中になって転げ回っていたはずだ。“そこそこ”“まあまあ”などという中途半端な感情が存在しなかったあの時の情熱を維持することこそがスタイルへの近道なのだ。

メディアが提案するスタイルなど関係ない。オレは仲間たちとのセッションを通して自力でスタイルへの近道を見つけた。オレは自分が理想とするカタチを知っているし、何をすれば気持ち良くなれるのかも、情熱を維持する方法も知っている。そしてなにより自分にとってのスタイルが常に変化することを知っている。どんなにショートカットしても、結局ゴールにはたどり着けないのだ。だからオレには「スノーボーディングをやり尽くした」などと言える日は決して来ることはない。

スノーボードウエア”Green Clothing”のボス。スノーボーディングに出会った1986年当時を振返り、「セオリーに縛られるどころか、自分がセオリーなんだよ。だって、どこに行ってもオレしかスノーボーダーがいなかったんだから」という根っからの自分勝手ライダー。

Rider Katsuro Taguchi Photo Yoshiro Higai


(雑誌Snow Style掲載/2009年)